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嘘をもうひとつ。

人は欠点(失敗)も含めて完全なので、それを糊塗するのは逆に不完全なのである。
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私は嘘吐きです。

「~の嘘を暴く!」って言う人は大変だな。死ぬまで嘘つけなくなるのに。
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猜疑心。

「偽善者ぶる」という表現を使う人はこの世に善人がいないと思っているのではないか。
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対岸の火事。

悲惨な事件や事故が起こった時、
「自分でなくてよかった」と思うのは悪いことではないと思う。
そう思う自分が他人に「自分でなくてよかった」と思われるのは明日かも知れない。
人間は弱いのだから「今の自分の幸せ」を守るだけでも精一杯なのだ。
それを誰が否定できよう?
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人を見ず我を見る。

自分を省みるというのは出来る人がやれば意味があるが、凡人はしなくていい。
省みるのはとても簡単で勘違いしやすいからだ。
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十分必要条件。

「最後まで見ないと文句を言ってはいけない」というのは勿論だが、
「最後まで見たら文句を言っていい」わけではないのも勿論で。
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常日頃。

知的謙虚さは美徳というより精神安定のために必要だ。
頭がいいと自分で思っていると異論を内心で封殺するのに物凄い体力が要る。
「負けるが勝ち」と同じ。
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血と肉。

「俺は正義だ」というのは当たり前だ。
誰が「自分は間違っている」という信念のもとに生きているだろう?
逆に「間違う事」の方が難しい。というより「できない」。
どんな行動であろうと「かなっている」からである。この世にある限り。
「正しいか間違いか」は閉鎖系の言語の中の観念上のものだ。
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是非も無く。

「蝸牛角上の争い」の話は有名ではあるけど大抵前半部が省略されている。
いきなり戴晋人が登場したりするがその前の微妙な掛け合いが寧ろ自分は好きなので、
暇な人は原典読んでみて下さい。「荘子」則陽篇です。
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縁起。

自分の欠点を自覚するのはいいが、それを「自分のせい」だと思うのは
ある意味「思い上がり」であると思う。
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慧眼。

自分は「面白い」「つまらない」を区別できない。
「祖母育ちは銭がやすい(ばばそだちはぜにがやすい)」ということわざがあるらしい。
祖母に甘やかされて育った子はしっかりしていない、という意味だそうな。
「目が高い」と言う。この「高い」が「(銭が)やすい」の反対なのだろう。
つまり、「良いものと悪いもの」の判断が出来ないということである。
しかし自分はそれでよかったと思っている。
面白いと思えば何でも面白く思えるだろうから。
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確率。

勿論自分が自分に生まれることも全く同じ確率ではあるが。
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出生。

天皇陛下は「自分が天皇に生まれるなんてすごい確率だなあ」と
お考えになったりしたことがあるのだろうか。
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継続の意志。

ずっと同じことを続けることはできない。
ものは最初はきちんとしていても終わりは乱れるものとは荘子にもあるが、(人間世)
高邁な理想を掲げれは掲げるほど破綻は早くなる。
それよりは最初からいい加減な方がいい。

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神その3。

神が普通に存在していて、人間もそれを正しく認識している世界はどんなものだろう。
そういう世界なら悪者は即座に罰せられて善人は即報いを受けるのだろうが、
それでは一種の独裁国家みたいだし、逆に
「善や悪は相対的」と神が明言してするに任せていたらそっぽを向かれてしまうだろう。
だからこそ神ははっきり存在しないからこそ神なのだろうなと思う。

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